今日の最初にお断りしておきたいのですが、今まで淡白に書いてきたこともあって、慶應病院は冷たいところというような印象を受けられたかもしれませんが、現行の医療制度下での大学病院が末期
ガン患者に冷たいのであって、慶應の消化器内科病棟の個々のスタッフは、とてもよく働き優しい気持ちのいい人たちが多かったでした。
そして、消化器内科病棟のスタッフ以上に助けになったのが、ここの病院の療養支援室の
看護婦さん。
父は慶應には昨年11月から今年1月までお世話になったのですが、その間、転院に向けての現実の状況と私の家の事実から考えてやるべきベストの道を、その都度親身に一緒に考えてくれましたね。
療養支援室というソーシャルワーカーの仕事が専門の部署で
看護婦さんの経験を持ち働いていらしたので、「在宅」「転院」など慶應病院から出た外の環境での実際の
看護について詳しかったのが何より助かったのです。
どうしても病棟の
看護婦さんだと、入院したベッドにいる患者を患者の家族がどうできるのか?、というその二つ以外の外部要因を含めて考えてくれることの難しさ、外部支援の最新情報の不足など、病棟のナースではこういった側面がどうしても劣るのでした。
こんな、私を支援してくれる人に助けられながら、転院に向けてバタバタと走り回ることとなったのです。
皆さんも患者の家族となると、大きな病院でない場合は事務課の中にソーシャルワーカーに助けてもらうことになるのでしょうが、事務方上がりのワーカーさんだとしたらナースとしての知識・経験がある方からのアドバイスもあると、よりこちらの情報の絞り込みが楽になります。是非そういう人を見つけるとよいでしょう。
明日へ続く。
- 2008/05/31(土) 10:00:16|
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父を
ホスピスに転院させようと思い立ったのは、姉が昨年
ホスピスで亡くなった経験によりますが、
ホスピスとは積極的な
ガン治療はせず、疼痛(痛みの除去)コントロールが中心で、結局人は死ぬから楽に死にたいという人向けの施設です。
しかし
ホスピスは希望者が多く「待機」が常識だそうで、んじゃ慶應の医者がレクチャーで触れた
・別の受け入れてくれる病院を探す。
・疼痛コントロールでも抗
ガン剤治療でも訪問診療を受け在宅で過ごす。
を考えにゃあならんのかなぁ?
なんというか保険診療の点数の関係か、医療制度が「入院」から「在宅」への転換が今のご時勢であるかのように提示されました。
要するに、直らんやつは病院にいるな、長患いはお断りという感じですね。
ホスピス転院に向け動き始めるのと並行して、脚の不自由な母と昼間勤め人の私の二人で「在宅」で末期
ガン患者を訪問診療で
看護するって「あり」ですかねぇ?と療養支援室の
看護婦さんに相談したら
無理!
と、はっきり告げてられました。
じゃ、今の父のような、圧迫骨折の痛みは引いてくるとして、それとは逆に
ガンの痛みが増加してくる人を面倒みれる一般病院てありますか?との問いに
あなたの実家のような東京の西の方なら中央線の西荻窪に一軒ね。
一つ?一つだけですかぁ?
そ、そこしかないわ。
ホスピス並みにちゃんとできるところはね。
(ムムム、
ホスピスのハードルも高いのに、バッファーも1つだけかい。)
トホホな思いを感じながらも、ネットなんかじゃ値踏み出来ない確かな情報で選択肢が少し広がったことをよしとしたい(もともといい事自体が少ない状況なわけだからね)と思いましたとさ。
明日に続く。
- 2008/05/30(金) 10:00:12|
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父が入院し、現状と治療方針のレクチャーを病棟担当の主治医から受けた時に言われた言葉が
とまぁ、圧迫骨折はこのように砕けたところが固まるのを待つしかないわけです。痛みは今がピークで、固まってることによって少なくなります。
次に、お父さんの胃
ガンの件がご心配なわけですが、残念ながらはっきり言って長くはありません。1年は無理。もって半年。更に早まることも考えられますね。
病状が治療によってこれ以上治癒する見込みがありませんので、治癒させることを目的とした特定指定病院である大学病院で引き続き受け入れていく事が難しいので、訪問診療による在宅療養か、受け入れてくれる別の転院先を探すことを検討なさって下さい。今日はその事もあって「療養支援室」のスタッフも連れてきています。
え?!
「聞いてないよ〜!」はダチョウ倶楽部のネタでしたっけ。悪い冗談だろってか、何をどう捉えて行動に移さなきゃいけないのか、よくわかんねぇぞ。
短くなったとはいっても今すぐ死なないのはわかったが、早々に出てけとはどういうこった。親父は起き上がることすらままならない病人であることは誰が見ても明らかなのに。
私の頭が混乱している脇で、療養支援室の
看護婦さんが
在宅ケアを受けるにしても、今からでは年末年始の休みにかかりますし、年明け迄はこちらにいることを前提にしなければ、患者さん側に無理があると思います。
と、助け舟を出してくれました。
あんた、いい人だぁ!
これが昨今噂に聞く健保改悪による患者退去勧告かいと思いながら、ダメとわかれば昨年大腸
ガンで死んだ姉貴の時と同じ
ホスピス転院だなっと、私はオートマチックにスイッチが入ってしまったのでした。
明日に続く。
- 2008/05/29(木) 10:00:33|
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11月になると、父が腰が痛いと言って寝込んでしまいました。
腰の両脇が痛いんですね。片側一ヶ所だけなら
ガンによるものであることが考えられるんですけど、二ヶ所同時ですからねぇ。
2度目の受診に付き添った時、そう言う内科医の言葉に「そうですよねぇ」と同じように「?」状態のまま、前回より効力アップの医療麻薬級の強力痛み止めをもらって帰ったものの全くダメで、「どうしても痛い」ということで緊急入院(個室1日3万円なら空いているという条件を泣く泣く呑んで)させて、治療と並行して検査してみたら
背骨の一つが圧迫骨折しています。
?????(親父は何かに乗っかられたり挟まれたりなんかしてないぞ)
皆さん、背骨は複数のブロックのような骨と軟骨がつながって屈んだり反ったりできるのはイメージできますよね。
そのブロックのような骨の一つが、身体の重みや上の骨など周りの圧力に耐えられなくなって凹んでしまう状態なんだそうです。
金属疲労の骨版?別に跳んだり跳ねたりしないのに、ある日突然なるんかい?
ええ、お年寄りには多いですね。
病院の
看護婦さんからそう言われると、妙に医者から言われるより納得感がありました。ふ〜ん、そうなんだ。
私が呑気に納得するのをよそに、父の「痛い、痛い。」はこの後結果的にずっと最後まで続きました。なんでも、身体の痛みのなかで骨の痛みが一番強いそうです。
調子が悪い時には抗
ガン剤治療の錠剤は止めてよしが医者からの指示でしたが、とても続けられる状態ではなく、いったい
ガンはどうなってるんだろうという思いを置き去りにして、父の痛み止めの措置は試行錯誤を重ねながら続きました。
明日へ続く。
- 2008/05/28(水) 10:00:13|
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さてさて、それでは昨日の日記に列記した順にコメントしていくことにいたしましょう。
父は糖尿病の持病があって慶應義塾大学病院に通院していたのですが、昨年春に主治医が転出するので胃カメラを念のために飲んでおきましょうということで飲んでみたら
ガンが見つかったというのが事の始まりでした。
自覚症状がなかったのと、医者も瓢箪から駒だったので
見つかって良かったですね。
と言われたのが災いして、本人はすっかり初期
ガンだと思ってしまったわけです。
それからリンパ節への転移がその後の検査でわかって、そこが手術に難しい場所なので外科手術はせず抗
ガン剤で病巣が小さくなるのを待とうということに。
実はこの年の暮れに、抗
ガン剤治療が始まった時点で末期手前で生存率が云々される「ステージ3」(4が一番上)であったと医者から聞かされたのですが。
抗
ガン剤治療が始まっても「眠気」以外の副作用がなく(普通は人によりますが、めまい、吐き気が凄いそうです。)、もともと痛みなどなかったものですから、本人は治療を真面目にやれば五分五分ぐらいの確率で後何年かは生きられると思っていたようでした。
私も気になって昨年夏に定期診察についていってみたのですが、治療方針の考え方を確認しただけだったので、そもそも父がどのステージにいるかの確認を漏らしてしまうことに。
「自分は初期だ」という思い込みは父を
ガンによる死の恐怖からかなり遠ざけてくれましたが、逆に動ける時にしか出来ない事(例えば故郷の九州に帰ることとか)のチャンスを逃してしまったことになったわけです。
今は生死の行方を含め、病状の本人告知は当たり前と思い込んでいましたが、それが正確であるかどうか患者本人以外の客観性が必要だったなと今は反省しています。
明日へ続く。
- 2008/05/27(火) 10:00:09|
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5月10日の日記でもお話ししましたが、今年3月に父が死にました。享年77歳。胃
ガンでした。
5年前くらいにその当時の会社で厚生関係を担当した時に知った厚生労働省の平均寿命の発表が、確か男性77歳、女性84歳だと記憶していたので、
まぁ、人並みだな。俺も40代だし、親が死ぬのに何の不思議もないわな。俺のじいさんが死んだ年に親父も40代だったしね。
と自分を納得させるのにそう時間はかかりませんでした。
個人的な感情は私だけのものなので、特にその変遷をペラペラ喋るつもりもなく、ただ最近の余命宣告から病院で死ぬこと事情を綴って、ほんの一例ではありますが、これからの自分の身の上に待ち受けている方のお役にたてばと思う次第です。
下書きしていくうちに結構なりそうな感じになってきたので、途中中休みを入れながら進めていきましょう。
今日は手始めに話しの全体のデータを列記して、その折々に感じたことなどは、明日以降から綴り始めます。
特に、こんな状況とはしばらく縁がなさそうな人には申し訳ないのですが、日記なのですみません。中休みを設けますので、そちらをお楽しみにして下さい。
父=享年77歳。平成20年3月死去
母=75歳
私=40代(サラリーマンでフツーのオヤジ)
私の家族=色とりどり
父の病状進行
(1)19年2月の胃カメラで
ガン発見。
(2)5月の検査で胃の表層だけでなくリンパ節までの転移を発見。切除手術中止。抗
ガン剤治療開始。
(3)11月に背骨の圧迫骨折で東京都新宿区の慶應義塾大学病院に入院。
(4)12月に慶應義塾大学病院で内科医より余命宣告。
(5)平成20年1月、東京都中野区の佼成病院
ホスピス病棟転院。
(6)3月、佼成病院にて死去。
- 2008/05/26(月) 10:00:52|
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5月6日はよい天気でした。風も心地よく吹き、木工品のニス塗りも一段落したので拝むものを拝みに出掛けた訳です。
う〜ん、若葉が綺麗だぁ。浅間山くんもご機嫌だよね。

ってか、そうでない人もいるようだ。死んでるの?これだけゴーカイに爆睡ってのもお初だし。鳥インフルエンザも解決してないもんね。それにしても八ヶ岳をバックに(爆)。

おじさん、また来たの?エサないの?

ん、ちょっと待っちょれとクローバーを摘んでる隙に、お、起きてんじゃねぇかい。

うむ、皆無事でなにより。起こした褒美じゃ、食いねぇ食いねぇ、ジョー・ブラック君。

- 2008/05/25(日) 10:00:36|
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佐久市の
名産として一応一般的に語られるのが
「
鯉」
です。
だからこの時期の市民のお祭りも「佐久
鯉まつり」。ミスコンも行われるのですが、名称は「ミス佐久
鯉」。
佐久で養殖された
鯉は昔から泥くささがなく好評であるのだとか。蜂の子なんか採りに行かなくったって、ここは豊かな幸があるだぞいって感じですね。
かくいう私は、小さい子供の頃にお正月でしたか柴又の帝釈天の近くに「川甚」という川魚専門の料理屋に連れていかれて、そこで食った「
鯉こく」が子供の口には全く合わなかったのが尾を引いて、
鯉はちょっとパスですね。「洗い」はまだ食べれるのですが、「
鯉こく」はどうも...。
来年こそは、このお祭りの「
鯉こく」の無料試食に並んで再度ダメなものか検証してみようかなと思うそばから憂鬱な気分になってくるので、多分
鯉になれることはなさそうだな。
- 2008/05/24(土) 10:00:42|
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昨日はなかなかカッコイイ2機をご紹介しましたが、その他にもぞくぞくターゲットに向け
気球が突入してきました。
昨日の2機は例外で、基本的にはある程度高度を保ってから徐々に高度を落とせるだけ落としてマーカーを投ずるのが多かったですね。ま、私は素人なんで、それがセオリーなんだかはわかりませんが。
ま、余分なおしゃべりより証拠写真で見てちょうちん。
中央右の斜め縞の
気球にご注目。この後、高度を上げます。

見上げる角度からあごを引いても見れる高度まで降下。縦にしわが寄って
気球自体をすぼませながら降りてきているのがわかります。会場の解説のお姉さんも「急降下してます!」ってアナウンスしてました。


ナイス・タッチダウンってところでしょうか。

さあ、次の
気球はどなたはん??次々くるよ〜ん。

お、彼はスムースな降下で切り込みだぁ。


もーしわけない。後はひと山てんこ盛りだぁ!



みんな、また来年も佐久へやってきてねぇ。

- 2008/05/22(木) 10:00:22|
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ただぼーっと見ていた門外漢の私にも、「お、これはすごいぞ」っと思わず目がいっちゃった2機に絞って今日はレポート。
写真中央のまだ小さい斜め縞の
気球と赤・青・白のトリコロールカラー(とは言っても、フランスっていうよりクロアチアの国旗を連想するデザインでしたね)にご注目。

手前の大きな横縞の
気球は農道のところで上昇を始めるが、2機は田んぼすれすれを低空でターゲットのある河川敷へ進入を試みる。河川敷の土手のところを上手く越えられるのかぁ?

うぉぉー、すごいぞ、すごいぞぉ!

ターゲットへ黄色のマーカーを落とし、上昇開始。素人目に見てもビューティフォー!!!

素晴らしかったぞ、ありがとうー!
明日へ続く。
- 2008/05/21(水) 10:00:10|
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私は
気球レースというのは門外漢なのだが、何やらいろいろなレース方式があり、私が5月4日に目にしたのが、右の「フライ・イン」というメイン会場のターゲットに各
気球がごちゃまんと集まってくるのだとか。これは楽しみだぁ。

日が昇ってくると徐々に周囲の霧も晴れてきた。河川敷グランドのバッテン目がけて来るってか。まだかまだかぁー。

き、キターーーっといってもノロい。が、まぁいいじゃないか、ロケット花火の集中砲火を待ってるわけじゃないんだし。

でも、東風をうまくつかめず浅間山の方(北)に寄っちゃって千曲川から外れてしまう
気球がいたり、レースとは別にカメラマンなどを乗せるレースとは別に動くオフィシャルの
気球もいたりして、なかなか飽きることがない。



頑張れアシモ君たち!明日へ続く。
- 2008/05/20(火) 10:08:28|
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タンポポがウケたのはよかったのですが、片手分だけでしたので、お仲間これだけ集まっちゃうと。

新規開拓っつーか、瞬間芸とでもいうか、えいや!これでどうだ!
ジョー・ブラック君、お味は?

それでもネタが尽きると愛ははかない。

瞬間芸の第2発目は?おぉ、うっほほ〜い。

這いつくばって残りも食べてもらうのは不憫だからここで1発、根っこごと大盛りよ〜ん。

と、どっかーんと柵のなかに投げ入れてやると総員後ろ向けーうしろっ!てな具合。
ま、ハズレがなかったからよかった、よかった。

- 2008/05/18(日) 10:00:15|
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時は5月GW。さすがに桜もちっちゃったよね。その代わりといっちゃなんだが、新緑が眩しいでげす。

天気はいいが、八ヶ岳も浅間山も雲に隠れてベストショットとは言いがたし。

こういう時には遠くの景色ばかりがお楽しみのすべてではない。新緑とともにボッコボッコ生えているこのタンポポ。新たな愛の証となるか否か、いざ!

さぁ、愛の証を、おぉぉぉぉ〜い〜!! ......

...... 待つことしばし、忍従の末に。

やあ、ニューフェイスのジョー・ブラック君じゃないか。美味しい?読まずに食べる手紙より、いちおう食用菊の親戚みたいなもんだから、ええよね。
でも、彼の食欲がお仲間に波及したようで...明日へ続く。
- 2008/05/17(土) 10:09:54|
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で、明日出直せと言われた今日になり、浅間山はご機嫌に晴れ、
牧場に遊びに来た子供たちもご機嫌。

でも、問題のご当人(ご当山羊)たちはさていかに?

おい、ブツは持ってきたか?なめたマネすっとガンつけちゃうぞ!

どんなもんでしょう、ダンナ? ん?ま、いいんじゃない?

今度はわしにも持ってきてくれない?お願い首コックリビィームゥ!!!

わかりましたよ、そう見つめられちゃね、へいへい。

とりあえず、居留守の間の
牧場ネタ第1部はお・し・ま・い。
- 2008/05/15(木) 10:00:52|
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ふん、オマケだって。確かにクローバーの手土産無しじゃあオマケだわな。
す、すまん、すまんねぇ。機嫌直して相手しちゃくれんかね。

ふん、明日出直してこい!
へい、そうしやす。ってんで明日に続く。
- 2008/05/14(水) 10:00:29|
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いたいた、ヒヒオ君。君にもご無沙汰だねぇ。ちと遠いが、彼の落し物が近くにあるから、来るんじゃなかろうか?

おぉ〜〜い、ヒヒオォ〜!ヒヒオくぅ〜ん〜!

トシとってるから耳遠いのかなぁ??
じゃま、しょうがない。カメラの力を借りてどアップといってもこれくらいですがご勘弁を。

明日はオマケが続く。
- 2008/05/13(火) 10:00:30|
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私が次に向かった先は南西側の放
牧場。今いる位置から見える山羊の群れは遠く、果して
以前のヒヒオ君に対するのと同じ効果がクローバーにあるのか否か?

蓋を開けたら来たね、来たね。すごい効果だ。彼らの居場所にまだ緑はなさそうだからかな?何にしても俺って、ん、クローバーって人気者ぉ〜。

うまいか?食え食え。おや、後ろにいるのは...

道を挟んで北側の近代的な牧舎のところでしか見たことのなかった黒山羊ハーフくんじゃないか。


なかなか精悍な顔つきだよね。黒が混じっているから、う〜ん、そうだな、君らは「ジョー」と呼ぶことにしよう。ブラッド・ピットの主演映画「ジョー・ブラックによろしく」が好きなので、そういうことにさせてよね。
3頭ほどいるから固有名詞にできなくて申し訳ないが、ヒヒオ君のように1頭じゃないだけマシなんだから、ま、そのなんだ、承諾していただけたということで。

なんだ、悪いな。これからヒヒオ君のご機嫌伺いなのさ。おいしいのはわかったけど今日はここまで。この日記も明日に続く。
- 2008/05/12(月) 10:10:58|
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父の看病から葬儀、その後の忌引休暇で居留守状態だったこともあり、振り返ってみると年末くらいからその多くが東京ネタしかアップしてこられなかったこともあり、
長野牧場をお好みとする方々には申し訳ありませんでした。
正直、どのネタが皆さんの好みかよく分析できていないのですが、バランスをとる意味でもネットお留守中の
長野牧場ネタで東京砂漠と離れてここ数日つないでいこうと思います。

時は4月中旬、まだ佐久に桜の便りが届く前ですな。
牧場の桜並木もほれ、この通り。
でも、クローバーはすでに青々茂っていたので、まず持ってく先はこちらですかね。

ほれほれ、食べてみんしゃい。

うむ、まずまず。では次にチャレンジ。どこへ行くかはまた明日。
- 2008/05/11(日) 10:00:12|
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皆さん、ゴブです。KUNIEです。待っていなかったかもしれないけどお待たせしました。
喪が明けるって、まあ地方によって考え方も異なるんでしょうけれど、四十九日が過ぎるまではちょろちょろぜずにいようかなと思って投稿を控えておりました。
喪に入っていたのは実父が胃
ガンで亡くなったからです。
告知から治療→入院→死去→葬儀と一連の過程で感じたこと経験したことをそのうち話したいなぁとは思いますが、実際のところは葬儀で終わるわけではなく、死去に伴う公的申請や相続等々まだまだやることがあるので、それらの目途がついたらボチボチ書くかなぁといったところです。
特に父は
ホスピスで亡くなり、姉も昨年
ホスピスでなくなったのですが、その時は
ホスピスに入ることについてタッチしていなかったので、
ホスピスに入る・
ホスピスで死ぬの全部に関わってはいなかったので初めて気づいたことなどがコメントできたらよいだろうと思っています。
で、ここからがこのタイトルに関する話し。
3月20日に「忌引休暇中」の日記を出してから30日目。自分で投稿した訳でもないのに
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と称して、葬儀屋のリンクが勝手に張られた日記同様の一文が載せられていました。
スパム屋さんの悪質なイタズラかと思ってブログ運営会社「FC2」に問い合わせて、どうしたらいいか聞いたところ、なんと30日間更新のない非アクティブなブログにはFC2側から強制的に広告リンクを入れた記事を無条件で挿入されるとのこと。
ふ〜ん、機械的な仕組みに従って事情の斟酌もなくそうされるとな。ま、それはわかった。しかしオイラの場合はこうこうこういう訳なのさ。身内が死んで凹んでるところへ、そんな事情を「売り」にするかのような
葬儀社はどこどこへ
ってなリンクもつけてブログ乗っ取られて、見ている側からしても悪質な第3者で感染させられたと思うし、こういう行為って「反社会的行為」にあたるとは思わんのかね?と2〜3回やり取りした結果、謝罪はないが挿入された広告は10日くらいかかって削除されました。
FC2ブログからのスパム行為は、確認が出来次第凍結などの厳しい処置をとらせていただいております。
ご通報の際は、スパムコメント・スパムトラックバックを削除せず、投稿された記事URLなどをサポートまでお知らせいただきます様お願いいたします。↑これはFC2ブログの「スパム・不適切ブログ」に関するページに載せられた会社側コメントですが、謝罪はなかったものの、こちらの要望を聞き入れて挿入記事を削除してくれて助かりました。
途中のやり取りも、相手側は高飛車ではなかったのですが、こういった個別事情に即応できないところはまだまだ成長過程でノウハウの蓄積も少なく対応力も劣るのだなといった感じ。でも、誠意は示してくれたので「よし」としましょう。
- 2008/05/10(土) 10:18:16|
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